がん細胞は血流にのって体内をかけめぐり、そのうちどこかにひっかかって漂着します。
その場所は肺であったり、肝臓や脳であったりするわけですが、その漂着した場所でふたたび血管壁を破って細胞の隙間から浸潤し、いつしかそこに棲み着く(着床する)ようになります。
そうして、そこでもまた細胞分裂をくり返し異常増殖を始めるのです。
同じように、リンパ液にのってリンパ節の中を移動しながら転移する場合もあります。
前者は血流にのるので〃血行性〃の転移、後者はリンパ液にのって移動するので〃リンパ行性〃の転移していっています。
もう一つ、〃播種性〃の転移というものもあります。
これは腹膜や胸膜に囲まれた空間に、読んで字のごとく、種を播くように直接ばらまかれる転移の仕方です。
いずれにしても、転移したがん細胞はひじょうに悪性度の高いやっかいな細胞で、がん治療の現場では「一部のがんをのぞいて、転移したがんは治せない」ということが、一つの原則のようにいわれています。
逆に、転移さえしなければ、がんは少しも怖い病気ではないという医師も大勢います。
実際のところ、1センチで見つかっても転移していないがんは本当のがんとは少し違います。
K誠氏は、これを〃がんもどき″といい、早期に見つけても切除する必要はないと述べています。
あながち間違っているとは思いませんが、全面的に正しいともいいきれません。
というのも、転移しなくても治せないがんもあるからです。
たとえば乳がんの場合、以前は乳房をすべて切除するのがふつうでしたが、いまは多少とりのこしの可能性があっても温存しようという考え方が主流になってきています。
そのいずれであれ、たとえばずっと放っておけば前胸部の筋肉である大胸筋に浸潤し、さらにその裏側にある肋骨や胸膜まで侵すような状態になると、治療の手立てがなくなることもあるのです。
さて、転移を語るうえで、もう1つ大事なことがあります。
それは転移がいつ起きるかということです。
また肺がんを例にとりますが、前項で述べたように、肝臓や脳などに転移したがんが原発巣(肺がん)と同時に見つかるというのは、転移したがんが目に見える大きさまで成長していたからです。
ところが、早期(ステージー)の肺がん(臓器のがん)と診断されてその局所を手術したにもかかわらず、2〜3割の人が治らないという現実があります。
これはどういうことでしょうか。
じっは、最初の診断では見つからなかった小さながんが、すでに別の場所に転移しており、本当はステージ5にあたる進行がんだったということなのです。
早期発見で原発巣を切除し、その後に再発や転移が見つかった場合、患者さんの多くは、新たに見つかったがんが、手術後にできたものと勘違いしがちです。
しかし、そうではなく、細胞レベルでとらえれば、手術した時点ですでにくつの臓器に転移していたのであり、それを最初の検査のときに発見できなかったというだけの話にすぎないのです。
もし手術した後に転移するのであれば、1センチの大きさで再発を確認するまで、術後さらに3年を費やすことになるでしょう。
しかし、再発するのはおおむね2〜3年内で、5年以上経過してからひょっこり顔を出してくることはまずありません。
転移するのであれば、潜在がんであった3年内のどこかの時点(1個のがん細胞が1センチの臨床がんに成長するまでのあいだ)で転移が起きていたと考えるのが妥当です。
発病後5年以上生存した患者さんの割合を「5年生存率」といいますが、ほとんどのがんの場合、治療してから5年間再発しなければ完治したと判断されます。
その5年生存率を低下させている最たる原因は、転移や浸潤にまでいたった進行がんです。
これをどう克服するか、それが、医療従事者の共通の悲願となっているのが現状です。
このように、転移した肉眼ではとらえきれないがんが潜んでいることを考慮に入れると、1センチのがんを早期に見つけ、それを切除したからといって安心してばかりもいられません。
早期発見はムダだという早期発見無用論が飛び出すのも無理からぬことなのです。
がんが治るか治らないかについては、急性疾患であるか慢性疾患であるかに置き換えてみると、わかりやすいかもしれません。
たとえば、急性肝炎は、肝炎ウイルスに侵されて風邪に似た初発症状が出る病気ですが、おおむね半月から数か月程度で完治します。
なぜ治るかといえば、外から侵入してくる肝炎ウイルスに対抗して体内の免疫細胞が必死の抵抗を試みるからです。
免疫細胞が肝炎ウイルスと闘っているあいだ、高熱や黄恒症状が出て肝細胞がかなりのダメージを受けますが、その状態は一時的なものですんでしまいます。
これに対して慢性肝炎は、肝炎ウイルスが細胞内に居着いてじわじわと肝臓を侵すため、つねに肝臓はよい状態にありません。
しかし、免疫細胞もあまり活発に働かず、そのために急激な症状が表れることもないのです。
長い時間をかけて少しずつ肝臓を侵し、やがて肝硬変から肝臓がんへと重度の病気に進展していきます。
がんも潜伏期間中は、そのようなじわじわと成長するタイプの病気であると認識すべきです。
急激になにか症状が出て一挙に治るものではなく、少しずつゆっくり時間をかけて成長し、やがて臨床がんになるや、勢いをつけて治りにくくなってしまうのです。
がんという病気になる人と、がんとは一生涯無縁の人がいます。
その違いは、免疫監視機構によってがんを排除できるか否かにあると思われます。
その人の免疫力が正常ならば臨床がんにならずにすむでしょうし、その人ががんを排除できる強い免疫力をもたなければ、がんになる可能性が高まります。
免疫力が低下するとがんになりやすいというのには、もちろん根拠があって、1つの実例がカポジ肉腫とよばれる皮層にできる悪性腫傷です。
このがんは、エイズ(後天性免疫不全症候群)を発病した人に高頻度に発生します。
エイズに渉らないのです。
なった人ががんになりやすいのであれば、なぜ、頻度の高い胃がんや肺がんが発病せず、カポジ肉腫などという珍しいがんなのかと疑問をもたれるかもしれません。
その理由は、成長のスピードにあります。
胃がんなど一般のがんは、臨床がんとなって現れるまでにふつう3年以上という長い歳月を要します。
しかし、このカポジ肉腫は他に先駆けて短期間のうちに姿を現すためと考えられます。
エイズに感染すると免疫力は著しく低下します。
その意味で、がんは免疫系の異常が原因で起こる免疫不全の病気であるという観点からも、とらえることができるのです。
抗がん剤治療が終了した後では、残存したがんが以前と比べてずっと勢いを増して増殖してくることをよく経験します。
抗がん剤によって白血球が破壊されるため、免疫力が落ちたとたんにがんが台頭してくるのです。
また、がんの患者さんの場合、がんは1〜3か月で平均2倍の大きさ(1〜3か月に1回の分裂)になります。
ところが、がん細胞を体外にとりだし、培養器の中で増殖の様子を観察すると、2日に1回くらいのスピードで分裂してふえていく場合も少なくありません。
このスピードだと1か月で妬回分裂する計算になりますから、本来なら人間の体内でも1か月3万倍くらいにふえていなければならないはずです。
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